<   2013年 10月 ( 2 )   > この月の画像一覧
   音楽がなってる毎日
d0165762_19235853.jpg
“心の友“

     相変わらず頭の中に音楽がなってる毎日を過ごしています。
     昨日は「ピアノ〜」、今朝は「オーケストラ〜」って思って起きました。

     朝起きると同時に、この音が聴きたいって思ったり、すでに頭の中で曲が流れたりしています。
     残念ながら私は曲の題名を覚えられないので、頭の中でなってる曲をすぐにネットで探して聴くなんてできない。
     だからとりあえずコンピュータをつけて、そこのFMのクラシックチャンネルをON。
     朝いちばんから気分にあった曲がかかってたりするとすごく嬉しいし、先日なんて、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』が
     かかってて、「おおっ、今日は“戦え“ってことか?!」って思ったり(笑)私にとってこの曲は、映画『地獄の黙示録』の冒頭のシーンの印象が強いので。

     四六時中頭の中で音楽がなってる状態で過ごしていて気づいたこと。
     あのね、メドレーなの。短めのフレーズが、どんどんメドレーになって流れてくるんです。
     たぶん私がひとつひとつの曲をちゃんと知らないからだと思うんだけど、ある曲が頭の中でかかって、
     しばらくすると他の曲に変わってく。
     しかもものすごくスームズに。

     それにね、自分の動いてる場面や気持ちごとに、それにあった曲が流れてるようでもあるんです。
     例えば、横断歩道を渡ろうと、向かっている時は明るく軽快な曲。
     信号が変わった。
     停止線を越えんばかりになかなか止まらない車を、「こっち(歩行者)が青なのよ~」と思いつつちょっとにらむ。
     ↑ここでは、行けそうだと思うと、信号なんか無視して車が横断歩道に突っ込んでくることも多いので、これ大切
     すると、頭の中の曲もちょっと強い曲に。
     で、横断歩道を渡り終えると、また明るく軽快な曲に。
     そんなふうに、頭の中で流れる曲は、私の気持ちとすごくリンクしているようです。

     そしてね、信号で止まろうとしてるバイクのエンジンの音が、タタタ・・・
     すると、その音の高さとリズムが同じ曲がそのエンジン音に続いて始まったりすることも。
     トラム(路面電車)の中で聞こえるシャーッという何かの音から、そのコーラスが入る曲になって流れてきたことも
     あったなあ。

     脳は、類似性を探す傾向があると読んだことがあるけど、なるほど、音でもそうなんだね。
     おもしろいな〜、脳みそ045.gif

     でもね、選曲の権限は、私にはないんです。曲を決めるのは、私の脳みそ。
     いえ、脳みそは私のなんですけど、なんだか別物みたいなんですよ。
     私の気持ちにリンクしてるようなので、どの曲が流れてきても気持ちはいいんですけど・・・。
     でも先日、日本語クラスを終えて、その語学学校の建物を出たとたん頭の中に流れてきたのは、私の好きな
     チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調。
     思わず「ラッキーだわ♪ 嬉し〜」と思っちゃった。自分の脳みそなのにね。

     やっぱりこれも、たぶん私がちゃんと曲を知らないから、自分で再現できないからっていうのもあるんじゃないかな。
     それから、たぶん今私は、曲をじっくり聴きたいんじゃなくって、いい気分でいられることが大事だから
     じゃないのかなって気づきました。
     ひとつひとつの曲をじっくり聴いて、その曲の題名や、つくられた背景や、その作曲家のことを知ることで、
     その曲の世界がより広がって理解でき、それでますますその曲をおもしろく聴けるんだろうなってすごく思うんです。
     でも今は、そんな気持ちの余裕がないっていうか、その音やフレーズにただまみれてるのが好きっていうか。

d0165762_19244410.jpg

     今の私には、この頭の中でなってる音が、外界から私を守るシールドになってるみたいです。
     自分を気持ちのいいコンディションにしておくために。
     自分ではコントロールできないけど、でも、私の脳、やるね。グッジョブ♪003.gif

     いつでもどこでも、音楽にまみれて暮らしてるのは楽しいです。
     いつもだったら、待たされてイライラするバス停でも苦にならない。音楽にうっとりしてられるから。

     でもね、あっちの世界に行きっぱなしだと危険、危険。
     先日も、バス停でバスを待ちながら、頭の中の音楽にうっとりしてました。
     そしたらね、左手の交差点を、後方から来て左折して行くトラムがあるじゃないですか。
     そのトラムの番号、私が待ってるのの反対向きのヤツ!
     えっ?その番号のは、私の目の前の道を行き来するのがルートのはず。
     通常ルートじゃないのを通ったってことは、事故か故障か工事があって、ルートを変えちゃったってこと。

     ここではそういう突発的な時、お知らせもなく勝手にルートも変わるし、車両の故障なら、1本や2本、
     平気で間引き運転しちゃうんです。代走をたてることもない。
     ふつうなら10〜15分おき(といいつつ実際は15〜20分おき)のバスでそれをやられると、
     簡単に30分以上は待たされることになる。
     予定がないならいいけど、仕事に行くときにそれをやられると大変。
     その日は幸い、そこから地下鉄でも行ける場所に行くところで、地下鉄もいた場所からそんなに離れていなかったから、
     すぐに地下鉄に乗り換えて、仕事に遅れることもなく行けたけど。

     脳内音楽にうっとりしながらの生活は楽しいけど、ここでは現実にも注意を払ってないと痛い目にあいますなあ。
     注意、注意。015.gif

     今日は久しぶりに太陽も顔を出して、(どんより一日中暗い昼間じゃなくて)ちゃんと明るい昼間になってます♪
     今日もクラシックを聴きながら、今描いてるイラストを描きあげようっと。

     ではみなさまも、よい週末を。
[PR]
by sakanatowani | 2013-10-26 19:32 | 版画&イラスト Etching,etc. | Comments(8)
   クラシック、クラシック!
d0165762_238327.jpg

     この国って、日頃の生活の中で雑多な問題が多すぎて、自分の世界に集中し続けるのがなかなか大変なのですが、
     時々生活を根底からひっくり返されることが起きます。
     そんなんで、この3週間ほどノックアウトされて、あっちの世界に吹っ飛んでました。

     そこから再度立ち上がるエネルギーを得るために、いろいろ試しつつの中、たまたま見つけた何年か前の日本の
     テレビドラマ&映画の『のだめカンタービレ』を見て、以来この1週間、朝から晩までずっとクラシック音楽漬け。

     もちろん今までも、学校の音楽の時間に聴いたり、あちこちで耳にしたりはあったけど、考えてみたら、クラシック
     音楽って、こんなにちゃんと聴いたことなかったかも。
     でもね、いろいろ聴いてたら、幼稚園のころ習っていたバレーの最初で最後の発表会で踊ったのが『くるみ割り
     人形』の「こんぺいとうの精の踊り」だったり、高校のときクラブでやっていたフルートでやった曲とか、
     その時の自分の格闘(笑)とそのあとの努力賞で出してもらった四重奏のこととか、ずっと忘れてたことを思い出して、
     意外にいろんな場面で関わってたんだなあ、なんて気づきました。

d0165762_2310245.jpg

     『のだめ』を観るまでは、音楽をやることと絵をやることって、似てるのかなと思ってたけど、ずいぶん違うんだなあ。
     音楽って、作曲家の意図を深いところから理解して、それを自分で表すもの。作曲家の意図がとても大切で、でもそこに
     自分の個性もなくてはならないんですね。
     (音楽関係者のみなさん、こんなに稚拙で大雑把な表現でごめんなさい! 実際は、もっともっと複雑で深いもの
     だとは想像してますが、私の今の想像力と言語能力ではこうしか書けなくて・・・)

     絵の世界に置き換えると、例えば先生が「来週からゴッホの○○の絵が課題です。みんな各自描いてくるように」
     って言われて、ゴッホの人となり、時代背景などを理解した上で、彼のその時の色づかい、筆遣いを自分の手で
     して、でも模写ではだめで、なおかつ自分の個性をその絵を壊さないことはもちろん、より魅力的なるように
     取り入れるってこと?
     ひ〜!・・・難しすぎて、壮大すぎて、くらくらと気が遠くなる・・・

     でも、「ひとつでも無駄な音はない」っていうのには、なるほど!って(←単純・笑)
     私が抽象を描く時は、ものすごく少ない線で表すのがいちばんぴったりくるのだけど、それでも「あそこに
     針先ほどの点が欲しい」とか「ここには1ミリぐらいの細かい点がいくつかないと」って思うもの。
     そんなに小さいものでも、でもやっぱりないとなんか違うんですよね。
     ふ〜む、音楽と美術・・・。

     そんなふうに今回、めちゃくちゃに壊れちゃった意識を、自分のいちばん大事なところ、自分の創作の世界に戻せたのは、
     ほんとうにクラシック音楽のおかげ。
     いちばん大事なことに集中できるようになったら、それが立ち上がるいちばんのエネルギー源になりますから。

d0165762_23121159.jpg

     楽譜という作曲家の意図をしっかりと理解した上での個性。
     楽譜を見ながら曲を聴いたことがないし(あ、高校ではそれやってたはず。でも今となっては、自分が楽譜を読めるか
     も疑わしい・涙)、そこまで音楽の知識も経験もないので、個性を挟む余地というのがどのくらいあるのかはわから
     ないけど、それっておもしろいなあと思って、いろんな演奏家の同じ曲を聴いてます。

     聴いているのは、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調。
     私がこの曲をちゃんと聴いて、好きだなって思ったのは、映画『オーケストラ!』がきっかけ。
     余談ですが、この映画、オーケストラの楽しさをすごく表してる映画だと思いますよ〜。おすすめ。
     それ以降この曲は、あるヴァイオリニストのを聴くようになったんですが、今回『のだめ』の中で演奏されたのを
     聴いたら、なんだか違う。
     それでいろんな人のを聴き始めたのです。
     なるほど〜。みんなそれぞれ違うもんですね。
     そうか、クラシックを好きな人っていうのは、こういうところも含めて聴いているんだ。

     この曲、ウィキペディアによると、「その豊かな民族色に辟易し『悪臭を放つ音楽』とまで言い切った。」批評家がいたと。
     へ〜。民族色が濃くって当時は不評。
     実は私、ディスコでは全く体が動きませんが、東欧・中欧系の民族音楽では踊りまくれるタイプ(笑)
     なんかどこか波長が合うところがあるらしい。
     そんなこと意識したことなかったけど、実はそんなところも、この曲が好きなのに関係してるのかな。

d0165762_23134732.jpg

     この1週間、四六時中、頭の中で音楽がなってます。
     外界との意識はシャットアウトされて、音楽の楽しい世界にひたってる。ふふふ〜ん♪

     とはいえ、週に何回か教えてる日本語教室とか日常生活やらなきゃいけないことはあるわけで、そんな時も、
     頭の中の音楽にふわふわしながらラララ〜ンとただ自動的に体を運び、教えてる時は自然にスイッチオフ。
     で、教え終わって建物を出ると、すぐに自動的に音楽がなり始めて外界との意識の橋は閉められちゃう。そんな日々。

     でもね、私、ご飯は食べないとだめなんですよ。
     食欲が満たされないと気持ちがへこんでくる。しかもジャンクな食べ物じゃ満たされない。
     だから買い物をしたり、ご飯はつくらないとだめ。
     でもねー、こういう意識があっちに行っちゃってる時って、これがすごーく面倒。
     だれか買い物してご飯つくってくれないかな〜。

     ずいぶん意識はあっちの世界から戻ってきましたが、現実にしっかり立ち向かえるとこまでにはあともう少しってとこかな。
     タイミングよく、日曜日の夜、友人の家での食事に招かれてます。うふふ、女子会〜。
     これでちゃんと現実復帰できるかな〜。

     それではみなさまも、よい週末を。
[PR]
by sakanatowani | 2013-10-19 23:19 | ひびのこと diary | Comments(14)