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   パスクワ Pasqua
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     この日曜日はパスクワ(イースター)。キリスト教の大事な行事のひとつ、復活祭です。

     これはコロンバ(Colomba)というお菓子で、パネーットーネのように酵母発酵させバターを加えた生地に、
     オレンジ・ピールを入れて、鳩(=コロンバ)の形に成形し、砂糖衣と白い砂糖粒をかけたもの。
     白い鳩(コロンバ)は、宗教画では精霊の象徴として描かれます。

     私が買ったコロンバはミニタイプ。
     たいていは、両手を広げたほどの大きさで、私が買ったこの伝統的なタイプのほか、チョコレート・クリームが中に
     入っていたり、アルコール入りのクリームが入ったものなど、様々なバリエーションがあります。

     そのそばにあるのが卵形のチョコレート。
     これも一抱えもあるぐらい大きなもので、中にサプライズのプレゼントが入ったものが一般的。
     子どもへのプレゼントには、もちろんこっち。
     この時期、お孫さんへのプレゼントかなというのをたくさん抱えた人たちをよく見ます。
     ケーキ屋さんに特注することもでき、その昔、結婚の申し込みをするために、男性が恋人への婚約指輪を入れて
     プレゼントしたというニュースもありました。

     お皿の上にのっているのは、オリーブの枝。
     復活祭の1週間前の日曜日は「ドメニカ・デッレ・パルメ(domenica delle palme シュロの日曜日)」と呼ばれ、
     教会で祝福されたオリーブが配られます。
     人々はそれを受け取って、1年間、翌年のシュロの日曜日まで、それを部屋のどこかに飾っておくのです。
     ペルージャで下宿していたうちのおばさんは、キッチンの入り口の扉上に飾っていたなあ。

     このシュロの日曜日、キリストがエルサレムに入城したときに、城外にいた人々がシュロの葉をふって
     祝福したことから由来します。
     イタリアでは、それがオリーブに変わったのでしょうね。

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     このシュロの日曜日から復活祭までの1週間は、キリスト教ではとても重要なとき。
     イエス・キリストの物語をご存知でしょうか。
     シュロの日曜日にエルサレムに入城したイエスは、木曜日に使途たちと最後の晩餐をもち、金曜日に十字架に
     かけられたとされることから、この1週間を聖週間、受難週、受難週間などと呼ばれ、特に木曜日以降は特別です。

     ですからこの期間には、肉食を断つなどの食事の節制などをする人も。
     しかしこの食事の節制などを始めるのは、四旬節と呼ばれる、カーニバルが終わって復活祭までの間というのが伝統的。
     でも現在では、毎週金曜日は(肉食を断ち)魚を食べる日としている人はいても、四旬節に肉食を避ける人は
     少ないかもしれません。
     私のまわりでも、ロシア正教徒のルーマニア人の友人だけが、(正教のカレンダーの)四旬節の間、肉、卵、牛乳を
     食べないという生活をしています。
     だから彼女と一緒にご飯を食べたりお菓子をプレゼントする時は、ちょっと気をつけないとなとカレンダーを考えます。

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     つまり、四旬節に入る前の、食べて飲んで楽しむのがカーニバル。そして四旬節の間は食事の節制をし、自らを振り返る。
     そしてイエスの再生、復活を祝うパスクワ(イースター)で盛大なお祝いを、というのが、キリスト教のカレンダー
     というわけです。

     イースターのメニューは、再生、転生を象徴する卵や、ラム肉です。
     でも私の場合は・・・今年はオムライスかな~なんて考えてます。
     だって、卵も使ってるし、お祝い料理によく使われる鶏肉も使うし。何よりも今食べたいんですよね(笑)

     今年は遅い寒波来週で雪が残り、まだ春らしくないという場所も多いヨーロッパですが、ここだけは別。
     超暖冬の冬が終わり、肌寒く雨ばかりの春が始まったのかな。
     晴れ間に写した花の写真が、つかの間の春を感じさせてくれます。

     イタリアでは、パスクワの翌日の月曜日はパスクエッタという祝日。
     晴れることが多いので、友人や家族でピクニックやバーベキューをするのが週間です。
     私は世間が休みで動かないのを利用して、解決しなくちゃいけない問題や悩みを一切忘れて、ふだんなかなかできずに
     ジリジリしている大好きなことを、思う存分することに決定!

     ではみなさま、BUONA PASQUA!!


     
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by sakanatowani | 2013-03-30 17:42 | 季節のこと season's | Comments(6)
   私たちのDNA
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     先日咲き始めた美大の中庭の桜、とうとう今週はじめには満開に。

     桜、だと思うんですよね、この樹。違うかなあ。たしか以前、「桜」というタグを見たような。
     嬉しくって、今年もひとりで写真をパチパチ。
     もちろんそんな人、私だけですよ。

     先日もある方のブログのコメントで出てたように、やっぱり日本人のDNAには、桜大好き成分が入ってるのかな。
     冬が終わる頃から、桜の季節を待って、桜が咲き始めたらワクワクして、満開になったら嬉しくて、
     散り始めたらそれもまた切なく美しくて。
     いろんな場所の桜を見て歩いたりする。
     それって日本人ならけっこう当たり前にしてること。

     この桜の樹の前を通った時、ドイツ人の友人に「桜が咲いてるよ〜」と言ったら、
     「日本人は、桜が好きなんだよね。なんで?」って聞かれた。
     なんで?なんて聞くことじゃない。
     心の底からわき上がってくる、この花を見るのを待ってるこの気持ち。言葉で説明する必要はないほど当たり前のこと。
     それを口にするなんて野暮じゃない?
     そんなことを思うのは、やっぱり私が日本人だからかな。


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     昔、妹が外国人数人の観光グループを、大阪の有名な桜のトンネルに連れて行った時のこと。
     もうそれは見事に咲いていて、見に来ている日本人もいっぱいいて、みんなが「わ〜」って言いながら、
     写真を撮っていたんだって。
     それを見た彼ら、妹に聞いたそうな。「なんで花にあんなに『わ〜、わ〜』言ってるの?」って。
     そう。彼らには、桜も多くの花のひとつでしかないんだね。
     だから、なんで私たちが桜にこんなに執着するんだろうと、不思議なんだろうなあ。

     私たちのDNAの中には、桜大好き成分が入ってる説。かなり有力なり。


     でも、こちらで見る桜には、日本で見るような美しさがないような気がするのは私だけなのかな。
     こちらの桜は、バババッと明るく咲いて、「咲いてます〜!!」って自己主張してるようで、儚さがないの。
     日本の桜の美しさは、いくら満開でも切ないような、寂しいような、そんなところが感じられる。
     写真で見ても、その空気の湿度があるような、しっとりした美しさがある気がする。

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     梶井基次郎の短編『桜の樹の下には』は、
     「桜の樹の下には屍体が埋まっている!
      これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。・・・」
      青空文庫 梶井基次郎『桜の樹の下には』より
     で始まるのだが、桜を見るといつもこれを思い出す。
     そう、こんなちょっと不気味なような、妖しげなような、そんなものが桜にはあるような気がするのだ。

     そんなことを、先のドイツ人の子に話したら、顔をしかめた。
     切ないとか、悲しいとか、そんなものが美しさとつながるっていうのが、彼女にはピンと来なかったのだろう。
     まして屍体、なんて。
     彼女には、そういう気持ちはネガティブなものなのかもしれない。

     今年は乾燥して暖かかった冬。そのぶん今になって、雨がずいぶん降っている。
     だから今年の中庭の桜の花は、どんよりした灰色の空の下。
     そのせいか、いつもの年よりは、ちょっと寂しげな感じに見える。
     いつもよりは、日本の桜の花の雰囲気に近いかな。
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by sakanatowani | 2013-03-28 06:43 | 季節のこと season's | Comments(6)
   2度目のコンクラーヴェ 2
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火曜日、美大の中庭の桜が咲き始めました。

     存命中の教皇の退位は約600年ぶり。
     しかも自らの意思での退位表明からというのは700年以上ぶりという今回の教皇の辞職と新たなコンクラーヴェ。
     たまたま住むことになったイタリアで、2度目のコンクラーヴェを見ることになった私。
     特に自分の宗教がない私から見たコンクラーヴェの様子。前回の続きです。
     長いので、ご興味のある方、お時間のある方は、おつきあいください。
     今回も、写真はイタリアのRaiテレビから撮っています。


     3月13日(水)

     さて、この日も夕方6時半から30分、コンクラーヴェ特別番組を見ていました。

     だれが新教皇に選ばれるのか。ヨーロッパの国の教皇か、それとも初のアフリカ系の教皇が誕生するのか。
     そんなことが話されていました。
     また、カステッロ・ガンドルフォ(ガンドルフォ城)では、前教皇であるヨーゼフ・ラッツィンガー名誉教皇が、
     この様子をテレビで見ていること。つまり、教皇(だった人)が、新たな教皇が選ばれているのを見ている初めての
     出来事だということ。また、その城がある町の人々が、前教皇のそばにいることを喜んでいる様子も報道されました。

     前日に続き、黒い煙も4回目。
     「前回は4回目の投票でベネディクト16世が選ばれたんですよね」などという話がされ、7時に番組は終わり。

     「今日も決まらなかったな~。さて、夕食のしたくでもするか」と私はキッチンへ。

     ところが夕食を手に自室に戻って来ると、何やらテレビが騒がしい。
     新教皇が決まって、特別番組に変わっていました。あら・・・。

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     7時過ぎ、つまり番組が終了したすぐあとに、白い煙が上がったよう。
     サン・ピエトロ広場を埋めている人も、その場で報道している人たちも大騒ぎ。

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     新教皇が決まった知らせの鐘が鳴ります。

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     ついさっき終わったはずの番組の出演者も「いや~、まさか今夜決まる様子はなかったですからね~」と驚きのコメント。
     そう、番組が終わってすぐの7時過ぎに、白い煙が上がったのですね。
     今回は5回目の投票で決まったこと、新教皇は、この窓から顔を出すことなどが話されました。

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     そんなことが話されているうちに、広場にはヴァティカンのバンドが入ってきました。
     「ああ、式典のようなものがあるんだな」と見ていると・・・

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     今度はスイス衛兵が入ってきました。
     兜をかぶり、槍を持ち、寒いのでしょう、マントをつけています。
     フリルの襟をつけてますね。
     衛兵の制服は、あの鮮やかな色のものだけでなく、マントや襟など、その場にあわせていろいろ変わるんですね。

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     その隊列は、新教皇が挨拶に顔を出す例の窓の下へ。

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     すると今度は、カラビニエリ(イタリア軍警察)のバンドが。
     「ヴァティカンはひとつの国のはずだけど、式典のときにはイタリア軍が出てくるんだ」
     ちょっとびっくりな気持ちも。だけど実際は、イタリア軍警察が教皇の警備をしているんですね。

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     カラビニエリのバンドに続き、カラビニエリの隊も、新教皇を迎えるために、窓の下へ。
     その後、ヴァティカン軍であるスイス衛兵とイタリア軍のカラビニエリが、お互いに挨拶を交わします。
     信仰の場だけど、2つの軍が出てくるんだなあ。こういうものなんだなあ。

     イタリア国歌の演奏のあと、ヴァティカン国歌の演奏がありました。

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     そうしているうちに、時間は8時近く。そろそろ新教皇が現れる頃。

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     教皇の窓に引かれたカーテンが揺れるたびに、みんなの期待が高まります。
     広場を埋め尽くした人々の間に光るのは、フラッシュの光でしょうか。

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     枢機卿の最年長の代表が、新教皇をみんなに伝えます。
     "Habemus Papas" ラテン語で、「新教皇が決まりました」と。

     新教皇は、もうみなさんもご存知のように、ホルヘ・ベルゴーリオ、ブエノスアイレス大司教に決まり、
     今後はフランチェスコ1世の名を名乗ることが告げられました。

     そのとたん、「な~んだ!」と叫ぶ広場にいた報道記者。
     「え~!そんな発言しちゃうんだ~」と思っていたら、スタジオのコメントが一段落した頃、この報道記者が再び登場。
     「すみません。個人的な感情を口に出してしまって。予想とはまったく違っていたものですから」と。
     そうですよね。たしかにそれまでは、アフリカ系の教皇が誕生するかなど、そんな話ばかりしていたのですから。
     でもそんなふうに、つい感情が口に出ちゃうのも、イタリアの放送らしいのかも(笑)

     また新教皇は、自分の教皇名を選び、『涙の間』と呼ばれる部屋にひとりでこもり、気持ちの準備をすること。
     どんな体形の教皇でも合うようにと、そこには大中小の3つのサイズの教皇の服が置いてあるということも説明。
     「新教皇はサイズ大の服を選んだそうですよ」
     「ああ、あの方は、体格のいい方ですから、そうでしょうね」
     「ベルゴーリオ大司教はコンクラーヴェ出席のためだけにローマに来たつもりだったようで、3月末のパスクワ(イースター)を
     地元の信者と過ごすために、23日の(ローマからの)帰国の飛行機を予約していたそうですよ」
     「帰国はもう少し先、というよりも、これからはずっとローマにいることになりますね~」
     出演者の間ではそんな会話も交わされて、新教皇選出のかしこまった儀式の説明というより、
     もっとリラックスした雰囲気です。

     枢機卿代表の発表は続きます。「新教皇は、教会、テレビ、インターネットなどを通じて・・・」
     インターネットか~。
     何百年も続く教皇の制度、そして式典を守るヴァティカンの発表に、インターネットの言葉が出てくるんだな。
     すごく現代的。
     今やヴァティカンはサイトも持っているし、この瞬間、前教皇のツイッター・アカウントは閉じられ、
     新教皇のツイッターでは「HABEMUS PAPAM FRANCISCUM」と最初のツイートが出されたのです。

     ちなみに、日本語で言うようにパパと言うと、イタリア語では「教皇」の意味になります。
     一方、お父さんの意味のパパの場合は、後ろの方のパにアクセントが来るんです。
     私がまだペルージアの外国人大学でイタリア語を習っていた時、初めての口頭試験でつい、日本語の言い方で
     自分の父親のことを「パパが」と言ってしまったことがあります。
     そのとき、先生は笑って、「(日本語の発音の方、つまり教皇の意の)パパだったら、偉大すぎるわね」と言ったのです。
     教皇という存在を見る目がわかる発言ですよね。
     
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     さあ、266代目の教皇、フランチェスコ1世が現れました。

     まず記者がコメントしたのが、新教皇が下げている十字架について。
     「シンプルな十字架ですね。金製でもありません」
     それに続いて、「イエズス会からの初めての教皇です」
     「ブエノスアイレスでも、車ではなく公共交通機関を使って移動しているそうですし、シンプルな十字架といい、
     清貧を基本精神のひとつにあげている聖フランチェスコから名を取って、フランチェスコ1世を名乗る所以なのでしょう。
     最初にコメントするのがそこなんだ。
     私だったら、表情とかを最初に口にしそう。このコメントがクリスチャンの視線なんだろうなあ。

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     「兄弟、姉妹。こんばんわ。ほとんど地の果てから来ました」
     そんな、ありきたりな親しみやすい挨拶から始まった新教皇の挨拶は、始終、だれにも(私にも)わかる、
     易しいイタリア語で話されました。

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3人の背中がかわいいなあと思いつつ、今このときに、新教皇はどんな気持ちなのだろうと思って見ていました。

     放送では、ブエノスアイレス時代の活動や、信仰生活に入る前の経歴などを説明しつつ、新教皇は、ブエノスアイレスの
     イタリア人コミュニティー出身であり、両親は(トリノのあるイタリア北西部)ピエモンテ州の出身だとの解説。
     出身地に誇りとこだわりのある、イタリアらしいコメントだなあと思いました。

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     新教皇の挨拶は、「ラッツィンガー名誉教皇のために祈りましょう」「私はあなたたちのために祈ります。あなたたちは、
     私のために祈ってください」と続き、「では、また。おやすみなさい。よく休んでください」の言葉で結ばれました。

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無料で配られる新聞でも、翌日のトップは新教皇のこと

     その晩、某ソーシャルネットワークでは、何人ものイタリア人が新教皇について自分の印象や彼の過去の経歴を
     すでにコメントしていました。
     他にも世界中の人がいるのにイタリア人が何人も、ひとりだけスペインのイラストレーターが以前描いた教皇の絵を。

     やはりイタリア人にとっては、新教皇の誕生、そしてその人柄などについては、興味があることなんだなあと、
     つくづく思いました。

     そして翌日も、「チャオ。元気?」と話したあとは、自然に「で、新しい教皇のこと、どう思う?」と続くのです。

     教会離れが言われ、ほとんどの人はクリスマスとイースターの年2回しか教会のミサに行かないと言われて久しいイタリア。
     それでも年代に関わらず、やはり教皇の存在は、大きなものなのでしょう。
     ある人には信仰の支えとして、ある人には存在しているということに対して。

     特定の宗教がない私にも今回のことで、「ああ、宗教のある人はこう考えるのか」「こういうところにも影響するのか」と、
     イタリアの新たな姿を見る機会になりました。

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     17日の日曜日は、聖ジュゼッペ。キリストのお父さんの日であり、イタリアでは父の日です。
     この日から、フランチェスコ1世の公式な職務が始まりました。

     イタリア人と暮らしていると、日頃のちょっとした言動が、「あ、これはキリスト教の影響なのかな」ということが
     けっこうあるものです。
     宗教そのものという意味だけでなく、文化として、キリスト教なしではこの国の文化を理解することはできないのだなあ
     とも思います。
     その中で今回のことは、やはりとても大きな出来事でした。
     次の日曜日はシュロの日、その翌週の日曜はキリスト教にとっての大きな行事のひとつパスクワ(イースター)です。
     これからも、毎日曜日のミサだけでなく、いろいろなところで教皇の言動や教会の姿勢などが報道され続けます。

     長い長い記事に最後までおつきあい、ありがとうございました。

     
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by sakanatowani | 2013-03-22 02:34 | ひびのこと diary | Comments(10)
   2度目のコンクラーヴェ 1
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     これを書き始めた日曜日、雪が。
     このところ北ヨーロッパに来ていた寒波が、やっとここにも雪を降らせたよう。
     今年の冬は雪が少なかったので、3月の雪でも嬉しいです。
     牡丹雪だったり細かかったり。湿った雪のようで積もりこそしませんでしたが、とうとう今日丸一日降り、
     翌日も午前中はたっぷり雪。
     今日は午後から急に太陽が出て、春のような日差しが戻ってきました。


     2月11日の美大での昼休み、友人たちと構内で、パニーノなどの簡単な昼食をいつものようにとっていたとき、
     そばを通った教授が声をかけてきました。
     「教皇が辞職したよ」

     ふだん、生徒にはあまり気軽に声をかけない教授が声をかけてきたこと、また、教皇が存命中に辞職することが
     できるとは思ってもいなかったことで、びっくりしたのです。
     私ははじめ、この「辞職」という言葉がわからず、一緒にいたイタリア人の子が「辞めたのよ」と言ってくれて、
     状況を理解しました。
     
     やっぱりみんなの最初の疑問は「なぜ?」で、そのとき教授は「体調が良くないから」と説明。
     そしたら一緒にいたドイツから短期留学で来ている子も、そこで事情がわかったよう。
     すぐに「恥だわ」と言ったのが印象的でした。
     当時の教皇は、ドイツ人のベネディクト16世でしたから、ドイツ人の彼女は感じるところがあったのでしょう。

     でも私はそのとき、責任ある仕事を十分に遂行できる状態にないのなら、辞職して後継者にその仕事をきちんとできる
     権限を渡すという責任感というのもありだと思ってしまったのですね。
     思わず「高齢で世界中を飛び回るのも大変だし、それもありだと思う」というようなことを言ってしまったのです。
     そしたら教授は、「教皇の仕事なんて、○○よりもらくだよ」と、ごくふつうの仕事と比べて(何の仕事だったか失念)
     言って、ぷいっと行ってしまいました。

     そこではっとしました。カトリック教徒でもなく、まして信仰があるわけでもない私が、出過ぎたことを言ってしまった。
     口数少ない教授が口を開いたのだから、彼にとっては重要もしくは心を揺さぶる出来事であったはず。
     考えなしだったなと後悔しました。

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今回の記事の写真は、イタリアの公共テレビRaiの画面から撮っています。


     翌日、例のドイツ人の子が「ねえ、ここの美大の教室には、どこにも十字架があるけど、違和感はない?」と聞いてきました。
     私はシンプルな十字架しかないプロテスタントの幼稚園に通って以来、時々教会に通うこともある程度。
     教会は心静かになる場でもあるけれど、ここカトリックの国に来て、聖人画などのおどろおどろしさ(殉職の原因に
     なった拷問を描いていることが多いので)にびっくりした時期を過ぎ、この美大の各教室にある十字架も、
     もう見慣れたものになっていたのです。

     ドイツでは、宗教と教育はまったく分けられたもので、教室に十字架が掲げられることはなく、もし教室に十字架が
     あったら嫌な気持ちになる人もいるだろうとのこと。
     彼女も教室の十字架には違和感を感じると言います。
     そういう彼女ですが、ここの教授とはすでに、お互いの宗教のことなども話したそう。
     こういうことを通して、宗教がある人とない人の感じ方や受け取り方の違いを感じますね。

     教授の口から「君たちはカトリックの影響を受けていないからうらやましいよ」と言われたことはあるものの、
     積極的に教授と宗教の話をするなど考えたこともない私が、図らずも、ヴァティカンのあるイタリアで、
     2度目のコンクラーヴェを見ることになりました。

     そんなわけで、ふだん宗教や政治など微妙な話題は書かないようにしているのですが、今回は特別な出来事なので、
     ちょっと書いてみようかと思いました。
     でも、信者でもない私が、テレビや周りの人を通して私が見た様子、というものです。

     考えてみたら、以前、短期間ですがカナダのトロントに住んでいた時、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世がカトリックの
     世界イベントでトロントを来訪。その模様をテレビで見ていました。
     その後2010年には、トリノにある聖骸布(キリストの遺体を包んでいたと言われる布)が公開され、その際に
     ベネディクト16世がトリノを来訪。
     意外に教皇の話題を身近に耳にすることが多いのです。

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世界でいちばん注目された煙突ですね。

     ヨハネ・パウロ2世のお葬式の様子はテレビで見ていましたが、この時のコンクラーヴェは、あとで黒い煙、
     白い煙の写真を新聞で見た程度。
     今回初めて、テレビで新教皇がみんなの前に姿を現す場面を見ることに。

     日本では、またその他の世界の国では、どんなふうに伝えられたのでしょう。

     ご興味のある方は、どうぞ
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by sakanatowani | 2013-03-19 07:27 | ひびのこと diary | Comments(6)
   これな〜んだ
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これな〜んだ。



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歩道から、建物に入る入り口の横。
こんなところに据え付けられてます。


ヨーロッパに住んでる方は、見慣れてるかな。





     ※追記あり     

     答えは・・・
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by sakanatowani | 2013-03-07 03:22 | これな〜んだ? | Comments(18)