カテゴリ:ひびのこと diary( 71 )
   自然のそばに
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みんな、攻撃的なんだなあ。
自分の欲を通すために、相手をつぶしていくっていうのが、
こっちでは当たり前のことなんだなあ。


そんな状況に疲れてしまって、
家の中の騒音が我慢できなくなって、
昨日は外に飛び出した。


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そしたら外は春だった!
こんなタンポポ畑が近くにあったよ。


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ハチも、タンポポの花の蜜を集めるのに忙しそう。


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図書館に行ったら、前の庭に、木蓮の花が花盛り。
花びらの絨毯がきれいでしょ。


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この何ヶ月か、自分の状況を変えるために、
自分が気持ちよく暮らせるように、
いろんなことをがんばってる。


次から次へと新しいことが出てきて、
その新しい状況から、また次のことを探して、
動いても、動いても、
必要なことが見つけられない。
なんでこの国は、ただの情報を得るのが
こんなに難しいのか! く〜!


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木や葉っぱ、花を見ると、
心がほっとするね。


もっと自然のそばに住みたいな。
気持ちを浮き立たせるために、気持ちを落ち着かせるために、
家のそばに林があったら、
どんなに気持ちがいい暮らしになるだろう。


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家に帰ったら、またもやびっくりする事件が待っていた。
ある同居人は、ただうろたえ大騒ぎ。
ある同居人は、相手を攻撃しようと高揚してる。


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でも私にはこう思えた。
「この事件も、私の暮らしをよりよくするための変化への後押しだ」


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解決しなければいけない重要なことが
たくさん私の目の前に現れる。


でも大丈夫。
順番にきちんと向き合っていけば、
ひとつずつ解決していけば、
これらが私に、落ち着いた暮らしを持ってきてくれるだろう。


こんなに一度に片付けようとは予定してなかったけど、
私が望む物を得るために、ひとつずつ解決していこう。
突然のことに惑わされないで、
ひとつずつ、順番に片付けていけば大丈夫。
そしたら気持ちがいい暮らしが待っている。


そう思って、落ち着いていこうと思ってる。

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by sakanatowani | 2013-04-13 17:33 | ひびのこと diary | Comments(8)
   出動!
     先日の日曜日。パスクワ(イースター)ののんびりした昼下がり。

     ピュウン、ピュウン、ピュウン・・・ピュウン、ピュウン、ピュウン・・・

     ああ、まただ。どこかの車の盗難防止ブザーが鳴り響いてる。
     誤作動なのか、ホントに何か起こってるのか。
     ここではよくあること。

     ピュウン、ピュウン、ピュウン・・・ピュウン、ピュウン、ピュウン・・・

     もう30分以上も鳴り続けてる。
     長いなあ、今回のは。

     外を見ると、警備員のような人が来ていて、通りがかりか近所なのかのおじさんが、やたらに一生懸命話してる。
     おじさん、警報機、誤作動させちゃったのかなあ。で、言い訳しまくってるのかなあ。
     言い訳には信じられないほど饒舌になるここでは、これは見慣れた風景。
     それとも、まったく関係ないのに、さも事情通かのように話しまくってるのか。
     うん、それもまたよくある風景(笑)

     ピュウン、ピュウン、ピュウン・・・ピュウン、ピュウン、ピュウン・・・

     長いなあ。
     このままパスクワの休日中、鳴り続けるのかしら・・・。

     しばらくしたら、なんだか外の気配が違う。
     窓からちらっと見てみたら・・・こんな風景。

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     消防車が来てた。
     どうやら車の盗難防止ブザーじゃなくて、連休で誰もいない家の防犯ブザーの誤作動だったみたい。

     ここでは、消防車。つまり、はしご車が呼ばれることがけっこう多い。
     こちらの家の多くはオートロック。
     (でもホテルのようなドアを思い描いてはいけません。ばたんと閉めたらそれっきり。鍵でしか開けられないから、
     オートロックと書いてるだけ)
     だから、家の中に鍵を忘れて閉め出された時も、消防車を呼ばなくちゃいけなくなる。鍵屋さんには、他人のドアを開ける権限はないそう。
     そういうことはけっこうあるようで、よくはしご車が高い階のベランダへはしごをのばしているのを見かける。

     今回は日本でいう2階のベランダに設置されてる防犯ベルだったので、消防車が持ってきた木のしっかりした
     はしごがベランダにかけられた。
     おおっ、木のはしご! 久しぶりに見たよ! まだ使ってるんだ!

     どうやらこちらでは、他人の家に入る権限は、消防署にあるんだね。
     ちなみに日本では警察官立ち会いのもとでないと、消防士でも他人の家に入れないよう。以前、東京のアパートの隣でガス漏れがあったとき、そのやり取りを見て、
       ほほ〜と思ったのです。


     ほどなくして、鳴り続けていた防犯ブザーは静かになり、ベランダから眺めていた数人から小さな拍手が(笑)
     パスクワの祝日でも、消防士さんは働いてるんですよね。ご苦労様。

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     そういえば5年ほど前、以前住んでいた家で、気がついたら表の通りが消防車、パトカー、救急車、野次馬で
     ごった返してた時があったなあ。
     うちは3階(日本でいう4階)だったんだけど、真下の地上階の部屋に、拳銃を持った男が人質を取って立てこもり。
     まるでドラマで観るような、交渉専門の警察関係者たちが何人も来て、4、5時間後に解決。
     やっとアパートを出ることができるようになったので、そのあと慌てて仕事に出かけたんだっけ。
     あの時も、消防車はずっと待機してたなあ。

     そんなことも思い出した、今年のパスクワの平和な日。
     夕方には、久しぶりに夕焼け雲がきれいでした。
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by sakanatowani | 2013-04-03 19:59 | ひびのこと diary | Comments(4)
   2度目のコンクラーヴェ 2
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火曜日、美大の中庭の桜が咲き始めました。

     存命中の教皇の退位は約600年ぶり。
     しかも自らの意思での退位表明からというのは700年以上ぶりという今回の教皇の辞職と新たなコンクラーヴェ。
     たまたま住むことになったイタリアで、2度目のコンクラーヴェを見ることになった私。
     特に自分の宗教がない私から見たコンクラーヴェの様子。前回の続きです。
     長いので、ご興味のある方、お時間のある方は、おつきあいください。
     今回も、写真はイタリアのRaiテレビから撮っています。


     3月13日(水)

     さて、この日も夕方6時半から30分、コンクラーヴェ特別番組を見ていました。

     だれが新教皇に選ばれるのか。ヨーロッパの国の教皇か、それとも初のアフリカ系の教皇が誕生するのか。
     そんなことが話されていました。
     また、カステッロ・ガンドルフォ(ガンドルフォ城)では、前教皇であるヨーゼフ・ラッツィンガー名誉教皇が、
     この様子をテレビで見ていること。つまり、教皇(だった人)が、新たな教皇が選ばれているのを見ている初めての
     出来事だということ。また、その城がある町の人々が、前教皇のそばにいることを喜んでいる様子も報道されました。

     前日に続き、黒い煙も4回目。
     「前回は4回目の投票でベネディクト16世が選ばれたんですよね」などという話がされ、7時に番組は終わり。

     「今日も決まらなかったな~。さて、夕食のしたくでもするか」と私はキッチンへ。

     ところが夕食を手に自室に戻って来ると、何やらテレビが騒がしい。
     新教皇が決まって、特別番組に変わっていました。あら・・・。

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     7時過ぎ、つまり番組が終了したすぐあとに、白い煙が上がったよう。
     サン・ピエトロ広場を埋めている人も、その場で報道している人たちも大騒ぎ。

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     新教皇が決まった知らせの鐘が鳴ります。

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     ついさっき終わったはずの番組の出演者も「いや~、まさか今夜決まる様子はなかったですからね~」と驚きのコメント。
     そう、番組が終わってすぐの7時過ぎに、白い煙が上がったのですね。
     今回は5回目の投票で決まったこと、新教皇は、この窓から顔を出すことなどが話されました。

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     そんなことが話されているうちに、広場にはヴァティカンのバンドが入ってきました。
     「ああ、式典のようなものがあるんだな」と見ていると・・・

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     今度はスイス衛兵が入ってきました。
     兜をかぶり、槍を持ち、寒いのでしょう、マントをつけています。
     フリルの襟をつけてますね。
     衛兵の制服は、あの鮮やかな色のものだけでなく、マントや襟など、その場にあわせていろいろ変わるんですね。

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     その隊列は、新教皇が挨拶に顔を出す例の窓の下へ。

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     すると今度は、カラビニエリ(イタリア軍警察)のバンドが。
     「ヴァティカンはひとつの国のはずだけど、式典のときにはイタリア軍が出てくるんだ」
     ちょっとびっくりな気持ちも。だけど実際は、イタリア軍警察が教皇の警備をしているんですね。

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     カラビニエリのバンドに続き、カラビニエリの隊も、新教皇を迎えるために、窓の下へ。
     その後、ヴァティカン軍であるスイス衛兵とイタリア軍のカラビニエリが、お互いに挨拶を交わします。
     信仰の場だけど、2つの軍が出てくるんだなあ。こういうものなんだなあ。

     イタリア国歌の演奏のあと、ヴァティカン国歌の演奏がありました。

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     そうしているうちに、時間は8時近く。そろそろ新教皇が現れる頃。

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     教皇の窓に引かれたカーテンが揺れるたびに、みんなの期待が高まります。
     広場を埋め尽くした人々の間に光るのは、フラッシュの光でしょうか。

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     枢機卿の最年長の代表が、新教皇をみんなに伝えます。
     "Habemus Papas" ラテン語で、「新教皇が決まりました」と。

     新教皇は、もうみなさんもご存知のように、ホルヘ・ベルゴーリオ、ブエノスアイレス大司教に決まり、
     今後はフランチェスコ1世の名を名乗ることが告げられました。

     そのとたん、「な~んだ!」と叫ぶ広場にいた報道記者。
     「え~!そんな発言しちゃうんだ~」と思っていたら、スタジオのコメントが一段落した頃、この報道記者が再び登場。
     「すみません。個人的な感情を口に出してしまって。予想とはまったく違っていたものですから」と。
     そうですよね。たしかにそれまでは、アフリカ系の教皇が誕生するかなど、そんな話ばかりしていたのですから。
     でもそんなふうに、つい感情が口に出ちゃうのも、イタリアの放送らしいのかも(笑)

     また新教皇は、自分の教皇名を選び、『涙の間』と呼ばれる部屋にひとりでこもり、気持ちの準備をすること。
     どんな体形の教皇でも合うようにと、そこには大中小の3つのサイズの教皇の服が置いてあるということも説明。
     「新教皇はサイズ大の服を選んだそうですよ」
     「ああ、あの方は、体格のいい方ですから、そうでしょうね」
     「ベルゴーリオ大司教はコンクラーヴェ出席のためだけにローマに来たつもりだったようで、3月末のパスクワ(イースター)を
     地元の信者と過ごすために、23日の(ローマからの)帰国の飛行機を予約していたそうですよ」
     「帰国はもう少し先、というよりも、これからはずっとローマにいることになりますね~」
     出演者の間ではそんな会話も交わされて、新教皇選出のかしこまった儀式の説明というより、
     もっとリラックスした雰囲気です。

     枢機卿代表の発表は続きます。「新教皇は、教会、テレビ、インターネットなどを通じて・・・」
     インターネットか~。
     何百年も続く教皇の制度、そして式典を守るヴァティカンの発表に、インターネットの言葉が出てくるんだな。
     すごく現代的。
     今やヴァティカンはサイトも持っているし、この瞬間、前教皇のツイッター・アカウントは閉じられ、
     新教皇のツイッターでは「HABEMUS PAPAM FRANCISCUM」と最初のツイートが出されたのです。

     ちなみに、日本語で言うようにパパと言うと、イタリア語では「教皇」の意味になります。
     一方、お父さんの意味のパパの場合は、後ろの方のパにアクセントが来るんです。
     私がまだペルージアの外国人大学でイタリア語を習っていた時、初めての口頭試験でつい、日本語の言い方で
     自分の父親のことを「パパが」と言ってしまったことがあります。
     そのとき、先生は笑って、「(日本語の発音の方、つまり教皇の意の)パパだったら、偉大すぎるわね」と言ったのです。
     教皇という存在を見る目がわかる発言ですよね。
     
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     さあ、266代目の教皇、フランチェスコ1世が現れました。

     まず記者がコメントしたのが、新教皇が下げている十字架について。
     「シンプルな十字架ですね。金製でもありません」
     それに続いて、「イエズス会からの初めての教皇です」
     「ブエノスアイレスでも、車ではなく公共交通機関を使って移動しているそうですし、シンプルな十字架といい、
     清貧を基本精神のひとつにあげている聖フランチェスコから名を取って、フランチェスコ1世を名乗る所以なのでしょう。
     最初にコメントするのがそこなんだ。
     私だったら、表情とかを最初に口にしそう。このコメントがクリスチャンの視線なんだろうなあ。

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     「兄弟、姉妹。こんばんわ。ほとんど地の果てから来ました」
     そんな、ありきたりな親しみやすい挨拶から始まった新教皇の挨拶は、始終、だれにも(私にも)わかる、
     易しいイタリア語で話されました。

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3人の背中がかわいいなあと思いつつ、今このときに、新教皇はどんな気持ちなのだろうと思って見ていました。

     放送では、ブエノスアイレス時代の活動や、信仰生活に入る前の経歴などを説明しつつ、新教皇は、ブエノスアイレスの
     イタリア人コミュニティー出身であり、両親は(トリノのあるイタリア北西部)ピエモンテ州の出身だとの解説。
     出身地に誇りとこだわりのある、イタリアらしいコメントだなあと思いました。

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     新教皇の挨拶は、「ラッツィンガー名誉教皇のために祈りましょう」「私はあなたたちのために祈ります。あなたたちは、
     私のために祈ってください」と続き、「では、また。おやすみなさい。よく休んでください」の言葉で結ばれました。

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無料で配られる新聞でも、翌日のトップは新教皇のこと

     その晩、某ソーシャルネットワークでは、何人ものイタリア人が新教皇について自分の印象や彼の過去の経歴を
     すでにコメントしていました。
     他にも世界中の人がいるのにイタリア人が何人も、ひとりだけスペインのイラストレーターが以前描いた教皇の絵を。

     やはりイタリア人にとっては、新教皇の誕生、そしてその人柄などについては、興味があることなんだなあと、
     つくづく思いました。

     そして翌日も、「チャオ。元気?」と話したあとは、自然に「で、新しい教皇のこと、どう思う?」と続くのです。

     教会離れが言われ、ほとんどの人はクリスマスとイースターの年2回しか教会のミサに行かないと言われて久しいイタリア。
     それでも年代に関わらず、やはり教皇の存在は、大きなものなのでしょう。
     ある人には信仰の支えとして、ある人には存在しているということに対して。

     特定の宗教がない私にも今回のことで、「ああ、宗教のある人はこう考えるのか」「こういうところにも影響するのか」と、
     イタリアの新たな姿を見る機会になりました。

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     17日の日曜日は、聖ジュゼッペ。キリストのお父さんの日であり、イタリアでは父の日です。
     この日から、フランチェスコ1世の公式な職務が始まりました。

     イタリア人と暮らしていると、日頃のちょっとした言動が、「あ、これはキリスト教の影響なのかな」ということが
     けっこうあるものです。
     宗教そのものという意味だけでなく、文化として、キリスト教なしではこの国の文化を理解することはできないのだなあ
     とも思います。
     その中で今回のことは、やはりとても大きな出来事でした。
     次の日曜日はシュロの日、その翌週の日曜はキリスト教にとっての大きな行事のひとつパスクワ(イースター)です。
     これからも、毎日曜日のミサだけでなく、いろいろなところで教皇の言動や教会の姿勢などが報道され続けます。

     長い長い記事に最後までおつきあい、ありがとうございました。

     
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by sakanatowani | 2013-03-22 02:34 | ひびのこと diary | Comments(10)
   2度目のコンクラーヴェ 1
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     これを書き始めた日曜日、雪が。
     このところ北ヨーロッパに来ていた寒波が、やっとここにも雪を降らせたよう。
     今年の冬は雪が少なかったので、3月の雪でも嬉しいです。
     牡丹雪だったり細かかったり。湿った雪のようで積もりこそしませんでしたが、とうとう今日丸一日降り、
     翌日も午前中はたっぷり雪。
     今日は午後から急に太陽が出て、春のような日差しが戻ってきました。


     2月11日の美大での昼休み、友人たちと構内で、パニーノなどの簡単な昼食をいつものようにとっていたとき、
     そばを通った教授が声をかけてきました。
     「教皇が辞職したよ」

     ふだん、生徒にはあまり気軽に声をかけない教授が声をかけてきたこと、また、教皇が存命中に辞職することが
     できるとは思ってもいなかったことで、びっくりしたのです。
     私ははじめ、この「辞職」という言葉がわからず、一緒にいたイタリア人の子が「辞めたのよ」と言ってくれて、
     状況を理解しました。
     
     やっぱりみんなの最初の疑問は「なぜ?」で、そのとき教授は「体調が良くないから」と説明。
     そしたら一緒にいたドイツから短期留学で来ている子も、そこで事情がわかったよう。
     すぐに「恥だわ」と言ったのが印象的でした。
     当時の教皇は、ドイツ人のベネディクト16世でしたから、ドイツ人の彼女は感じるところがあったのでしょう。

     でも私はそのとき、責任ある仕事を十分に遂行できる状態にないのなら、辞職して後継者にその仕事をきちんとできる
     権限を渡すという責任感というのもありだと思ってしまったのですね。
     思わず「高齢で世界中を飛び回るのも大変だし、それもありだと思う」というようなことを言ってしまったのです。
     そしたら教授は、「教皇の仕事なんて、○○よりもらくだよ」と、ごくふつうの仕事と比べて(何の仕事だったか失念)
     言って、ぷいっと行ってしまいました。

     そこではっとしました。カトリック教徒でもなく、まして信仰があるわけでもない私が、出過ぎたことを言ってしまった。
     口数少ない教授が口を開いたのだから、彼にとっては重要もしくは心を揺さぶる出来事であったはず。
     考えなしだったなと後悔しました。

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今回の記事の写真は、イタリアの公共テレビRaiの画面から撮っています。


     翌日、例のドイツ人の子が「ねえ、ここの美大の教室には、どこにも十字架があるけど、違和感はない?」と聞いてきました。
     私はシンプルな十字架しかないプロテスタントの幼稚園に通って以来、時々教会に通うこともある程度。
     教会は心静かになる場でもあるけれど、ここカトリックの国に来て、聖人画などのおどろおどろしさ(殉職の原因に
     なった拷問を描いていることが多いので)にびっくりした時期を過ぎ、この美大の各教室にある十字架も、
     もう見慣れたものになっていたのです。

     ドイツでは、宗教と教育はまったく分けられたもので、教室に十字架が掲げられることはなく、もし教室に十字架が
     あったら嫌な気持ちになる人もいるだろうとのこと。
     彼女も教室の十字架には違和感を感じると言います。
     そういう彼女ですが、ここの教授とはすでに、お互いの宗教のことなども話したそう。
     こういうことを通して、宗教がある人とない人の感じ方や受け取り方の違いを感じますね。

     教授の口から「君たちはカトリックの影響を受けていないからうらやましいよ」と言われたことはあるものの、
     積極的に教授と宗教の話をするなど考えたこともない私が、図らずも、ヴァティカンのあるイタリアで、
     2度目のコンクラーヴェを見ることになりました。

     そんなわけで、ふだん宗教や政治など微妙な話題は書かないようにしているのですが、今回は特別な出来事なので、
     ちょっと書いてみようかと思いました。
     でも、信者でもない私が、テレビや周りの人を通して私が見た様子、というものです。

     考えてみたら、以前、短期間ですがカナダのトロントに住んでいた時、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世がカトリックの
     世界イベントでトロントを来訪。その模様をテレビで見ていました。
     その後2010年には、トリノにある聖骸布(キリストの遺体を包んでいたと言われる布)が公開され、その際に
     ベネディクト16世がトリノを来訪。
     意外に教皇の話題を身近に耳にすることが多いのです。

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世界でいちばん注目された煙突ですね。

     ヨハネ・パウロ2世のお葬式の様子はテレビで見ていましたが、この時のコンクラーヴェは、あとで黒い煙、
     白い煙の写真を新聞で見た程度。
     今回初めて、テレビで新教皇がみんなの前に姿を現す場面を見ることに。

     日本では、またその他の世界の国では、どんなふうに伝えられたのでしょう。

     ご興味のある方は、どうぞ
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by sakanatowani | 2013-03-19 07:27 | ひびのこと diary | Comments(6)
   しめくくりの日
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今日はもう大晦日。

今日で今年が終わっちゃうなんて・・・。

早かったなあ。

問題に負けまいともがいているうちに、今日が来ちゃった。


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今年は本当に試練の一年でした。

四面楚歌の中で、それでも自分の道を進もうと前を向いてがんばってきたけれど、

どうにも耐えられないときも多かった。

そんな時、私はひとりじゃないと感じさせてくれたのが、

みなさんの残してくれたコメントでした。



辛いときに、ひとりじゃないって感じるのって、本当に大事。

そう感じるだけで、あきらめと投げやりだけが残った心の中に

またがんばろうっていう気が湧いてくる。



何度もみなさんがいてくれたことに助けられました。

本当にどうもありがとう。


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立ち向かって、踏ん張って、また立ち向かって、踏ん張って・・・

我慢と辛抱の一年でした。

それなら新しい年は、今年の辛抱が爆発する番。

今年がんばった分、大きな跳躍をしたい。



いい方向に飛んでいけるように、

今年の最後の日の今日、心のしめくくりをつけましょう。

     

今日はコメント欄は閉じておきます。

新しい年は、前向きな言葉、楽しいコメントでまたお会いできることを願って。




よいお年をお迎えください。

     
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by sakanatowani | 2012-12-31 07:33 | ひびのこと diary
   冬の日
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     先日の初雪以来、ちょっと暖かめの晴天が続いています。
     昨日の夕方近く、いつもの図書館まで行ってきました。
     この図書館は、その昔はヴィラだったようで、建物までの間が並木と公園になっているお気に入りの場所。
     毎週1回、映画のDVDを借りに通っているのですが、この並木を歩きながらほっとする時間も楽しみです。

     先月からずっと、ストレスがたまって体調もぼろぼろ、年に数回訪れる我慢の限界「もういっときも
     ここにいたくない〜」病をわずらっておりました。
     今も希望を見つけるまでにはいたりませんが、ちょっといいこともあったんです。
     この9ヶ月、2人のイタリア人の女性に日本語を、週に1時間だけでしたが教えていました。
     数日前、彼女たちのレッスンの期限がちょうど終わったので、一緒に日本食レストランに夕食に行き、
     すごく楽しい時間を過ごしてきたんです〜001.gif←これが使えるって、先日やっと気づきました!

     気分転換、楽しみの時間を持ちたいからって習いに来ていた意欲的な彼女たち。
     彼女たちは1日の仕事のあと、私は朝から9時間の美大の工房のあとなので、レッスンの始まりはお互いに
     疲れきっているけど元気なふりをして。でも1時間がすぎる頃には、お互いに元気を取り戻してる。
     そんな楽しい時間でした。

     彼女たちは、10年いるこの街で初めて会った、異文化間に優劣の差はなく興味深いものという考え方を持った
     人たちでした。
     だから彼女たちがする質問は、言葉そのものだけでなく、(イタリア語の言い方とは違って)なぜそういう
     言い方になるかという文化の話にまで及び、私にも日本語の新しい見方を見せてくれるとても楽しいものでした。
     日本語のレッスンというよりは、お互いの文化、考え方の違いを交換するような時間だったかも。

     彼女たちのおかげで、見下されるのではなく対等にお互いの文化や考えを話せるって、こんなに楽しいもの、
     自分をひとりのちゃんとした人間だって思える満足感があるんだって、久しぶりに思い出しました。
     いつか、彼女たちと過ごしたことで改めて気づいた「日本語というもの」について書けたらなと思います。
     残念ながら、彼女たちの仕事の契約が来年も継続するかどうか確かではなくなってしまったので、(もしもの
     時のための生活費確保のため)これ以上レッスンを続けることはできなくなってしまったのですが、
     この出会いは本当に幸せなものだったと思います。

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     さて、クリスマスもずいぶん近くなってきました。
     どうやら昨日あたりから、クリスマスを家族で過ごすための民族移動が始まったよう。
     大きなトランクを持って駅へのバスに乗る人たちをたくさん見ました。
     先の日本語を習っていたひとりも、シチリアの家族のもとへ、昨日出発したようです。

     昨年は街の中心の旧王宮広場に置かれたプレゼーピオは、今年は街の大きな駅前の広場に置かれてます。
     次回はこのプレゼーピオのことを書きますね。
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by sakanatowani | 2012-12-22 02:28 | ひびのこと diary | Comments(2)
   植物のかたち
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     1週間が、あっという間に過ぎていきます。
     デュッセルドルフの美術館の続きを書きたいものの、なかなかゆっくり考える時間がないような気持ち。


     このところ、ずっと自分のイラストや版画のことを考えています。
     こういうことを考えているのは今に限ったことではないのですが、このところは特に、反芻しているような感じ。
     足りないと感じているものが何なのかを突き止めようとしているというか、自分が欲しているものは何かを考えているというか。
     ストレスで描けなくなっているのもありますが、まあそれは横においといて、自分の作品を見つめ直すいい機会にしようかというもくろみ;-)
     好きなイラストレーターやアーティストの作品を見ながら、自分の中を掘って探っているのかな。

     そんなことをしているうちに、改めて、植物を観察してみようと思い立ちました。
     それは、あるイラストレーターの絵がとても素敵で、そこに描いてある植物群がとてもきれいだったから。
     そして、先日ふらりと行ったアート博で偶然出会い、もうどうしようもなく惹かれたドイツのアーティストの作品が、
     自然の素材を使ったもので、それも私の求めているもののひとつなんだと気づいたから。
     また、よく考えてみたら、最近惹かれるアーティストの作品は、抽象であれ、どれもが自然からインスピレーションを
     受けたものなんだと改めてわかったから。

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     バルコニーでキュウリをつくっていたぐらいですから、植物は大好き。
     の中にいると、本当にリラックスできる。
     自然が大好き。足りなくなると苦しくなる。
     でも、身体に感じるだけ、手に触ってみるだけで、そのかたちをじっくり見て絵に置き換えようとは思ったことは
     なかったかも。

     なんででしょうね。
     自分が好きなものはわかってるつもりでも、どう好きなのか、どういう風にしたいのかってことは、
     案外実は気づいてないのかもしれません。

     そんなわけで、今週から(やっと夏休みが終わって!)本格的に始まった美大の中庭で、そこらに生えてる興味を惹かれる
     かたちを写真に撮りまくり。

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     本当にいろいろなかたちがありますね。
     そして、それぞれがつくづく美しいかたちをしているなあ、と。

     これをどんなかたちでイラストや版画にしていけるかな。

     今はまだ、真ん中の写真みたいに頭の中がごちゃごちゃしているけど、それを静かにじっくり反芻していくと、
     いつかそれが発酵して、自分のかたちが描けると思います。
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by sakanatowani | 2012-11-16 02:33 | ひびのこと diary | Comments(6)
   宙ぶらりんでも平穏に日々は流れる
     先日図書館のDVDコーナーに、『マイレージ、マイライフ(原題 Up in the Air)』が新しく入っていたので観てみました。

マイレージ、マイライフ [DVD]

パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン


     ジョージ・クルーニーの映画だし、観た人も多いと思うのであらすじは省きますが、いろいろなことが起こって
     最後、クルーニー扮するライアン・ビンガムが、またいつもの自分の仕事に向かうため空港の窓から外を見る
     シーンを観ながら、ああこの人は、自分でもはっきりどうしようともまだ決めてもいないようなモヤッとした
     気持ち、でも確実に以前とは違う気持ちを抱えながら、表面上は穏やかにまたふつうに自分の仕事をしながら
     しばらく過ごしていくんだな、と思っていました。

     私たちの毎日は、歯を磨いたり、ご飯を食べたり、仕事をしたり、当たり前のことが起こりながら、その中で、
     時々ちょっとした嬉しいことや悲しいことなどのイベントが起きて過ぎていきます。
      でもその裏で人は、重要なことや小さなことに対して、何かを変えたい、変えよう、でもまだどうしていいか
     わからない、探し続ける、考え続ける、そういう宙ぶらりんの気持ちを持って暮らしているものではないのかな。
     私はこの映画の最後に、そういう宙ぶらりんな気持ちを持ちながら、平和に日々を過ごしていく私たちを
     観ているような気がしました。

     現代では、人と直接声で表情で仕草でコミュニケーションをする以外にも、他人に自分を知らせる手段があります。
     ブログを書けば、ツイッターでつぶやけば、フェイスブックに書いてみれば、自分の思ったことが表に見える。
     そうすると、他の人にはその人が何を考えているか、何が起こっているかがわかるのです。
     そして自分でも、他の人にわかってもらったような、自分が一歩前に進んだような気もするのです。

     でもその裏に、まだはっきりしない、まだ行動するとこまで来てない、でもすごく重要で早く解決したい
     切羽詰まるほどの大きな気持ちを持ち続けていたりもするんだな。
     そしていつか時がきたら、アイディアがわいたら、勇気が持てたら、ブログに書いたり、ツイッターや
     フェイスブックに書く出来事として、他の人に知られることになるんだな。
     それまではまわりから見たら、毎日を平穏に、いつもと変わらないように送っているように見えるんだね。

JUNO/ジュノ <特別編> [DVD]

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン


アラフォー女子のベイビー・プラン [DVD]

アメイジングD.C.


     そんなことを考えたのは、この映画のDVDのケースに、この映画は以前観た『Juno/ジュノ(原題 Juno)』
     同じ監督だとあったから。
     そして同時に借りた『アラフォー女子のベイビー・プラン(原題 The Switch)』それにしてもなんてセンスの邦題!も、
     たまたまこの『Juno/ジュノ』と同じ製作総指揮者という記述があったせい。
     この3本の映画は考えてみたらどれもが、そういう普通の人のまだ表に出ない宙ぶらりんな気持ちの時期が
     描かれているなと気づいたから。

     映画やドラマって、何かが起こらないと話が進まない、シーンをつくれないもの。
     でもこの3本には、登場人物のこういう宙ぶらりんな時期を感じられる場面があるんです。
     宙ぶらりんで特に目立った気持ちの変化や行動がなくっても、その時間があるからこそ、次の行動が起こせたり、
     次のステップに進めることってふつうにあるんだよね。

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     ずっとモヤモヤしていて、最近集中的に考えていた自分のイラストについて、やっとこさ、
     ああ、こうしたかったのかってわかりました。
     だからあとは、それを実行に、試行錯誤に移すのみ。
     行動に移せるとこまで来たらもう楽だよね。

     もう何年も、自分の中でとても重要だけど動けるとこまでいけないことがある中、もうひとつの自分に大事な
     イラストのことで動けるとこまで来た。そしてその事実は他の人にわかりやすい伝え方ができるとこまで来た。
     でももうひとつの無視できないモヤモヤは、私のこれからを左右するもっともっと重要なこと。
     イラストについてのこの一歩は大事でやっと到達したものだけど、もうひとつのモヤモヤに比べたら、
     ずっと解決が楽なものだったなあ。
     そんなことを思うときにこれらの映画に出会ったから、こんなことを考えたのかな。
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by sakanatowani | 2012-10-01 03:09 | ひびのこと diary | Comments(4)
   ひび、まいにち
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可憐なコリアンダーの花

     相変わらずキュウリを愛で、ある程度数がまとまったらポーランド風ピクルスを作ったり、
     暑さしのぎにスイカを食べまくったり、イラストのアイディアがまとまりそうでまとまらないと焦ったり、
     この数日の突然の大雨とヒョウを雨戸の隙間から眺めたり、店員の強いすすめで買ったスキャナーが、
     自分が何度も説明した必要な機能を持っていなくて交換しにいかなくちゃと舌打ちしたり、
     そんな慌ただしくもふつうの日々を送っています。

     夕べオリンピックのフェンシング男子団体の決勝戦や陸上100メートル男子の決勝戦で熱くなりながらふと、
     今日が8月6日だと気づきました。

     平和だからできることを楽しんでいるということ。自分ができる小さなこと。
     自分が本当にしたい表現方法。そして最近の自分が忘れていたもの。
     そんなことを考えました。
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by sakanatowani | 2012-08-06 16:11 | ひびのこと diary | Comments(4)
   社交生活すこし復活。そして・・・
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     新しいMacに変えてアドレスブックを見ていたら、あまりにも私、このところ社交生活をしていないことに驚いた。
     そうなんだよね。あまりにも嫌な思いばかりしてきたから、そして自分の気持ちをよく保っていくために、
     この数年、気が向かない人とは無理して付き合わないようにしてきたのだ。仲が良かった同級生も、卒業しちゃったし。
     そしたらほとんどひとりになっちゃった。

     それでもね、無理に出かけたあげく、自然な雰囲気で無視されるのに耐えるよりは、ずっとずっと気持ちが楽に
     なって、自分のことに集中できるようになった。
     最近では、言いがかりの嫌な陰口を言われても、「それは相手の(性格の)問題、自分には非はなし」と気持ちを
     切り替えて、自分は気分よくいられるようになってもきた。
     学習したねえ、私。以前は言いがかりなのにおどおどしちゃってた。

     そうやってきて、このごろやっと気持ちに余裕が出てきたのか、ちょっとまた社交生活をしてみようかと
     思い始めたのだ。
     そういう矢先に新しいMacを手に入れることができ、ネット環境も良くなって、今までコンタクトをとれなかった
     人とも再交流できるようになった。

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     そんなときにあった美大の同じ版画工房の友人の卒業試験。
     うちの学校の場合、卒業は3月、7月、10月の年3回。自分で時期を選んで、卒業制作や卒業論文を準備する。
     試験当日は1人ずつ、担当教授、副担当教授および証人としての教授の3人がつき、そこに第三者の証人として
     家族(親戚一同で来ることもあるのがイタリア的)や友人が、教授たちと受験生の口頭試問を見学できる。

     今まで彼女が一生懸命取り組んできたのを見ていたし、プレッシャーにつぶされそうになって頑張っているのも
     見てきた。
     だから美大の中だけでの付き合いだったけど、卒業試験に出席したいなと思ったのだ。
     真剣に取り組んできた、そしてそれが報われたときの彼女は、本当にきれいだった。
     なんかね、昔仕事で立ち会ったお産のあとのお母さんたちのような美しさ。
     当時も思っていたけど、お産のあとのお母さんたち、一心に取り組んでいる人たちの美しさって、
     アスリートの美しさになんだか似てる。

     翌日、彼女から携帯にテキストメールが来た。
     「卒業試験にも来てた友人も含めて、今夜みんなで夕食に行くんだけど、もしよかったら来ない?」
     最初、やっぱりちょっとためらった。もしまた疎外感を感じる時間になったらって思って。
     でもその後で、そういう気持ちの波を変えるためにも行ってみようって、行くことに。

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夜だったので、ぶれぶれ〜。
 
     約束の時間は20時半〜21時。
     20時45分に言われたように彼女に電話してみたら、「今どこ?私たち、まだ家を出発もしてないのよ〜」って(爆)
     でもね、結果から言うと、本当に楽しい時間が過ごせたの。
     私をエイリアンと扱う人もいなければ、見えないふりする人もいないどころか、みんな少しずつ
     私が一人で退屈しないように気を使ってくれて、なおかつ自分たちの話も楽しんでる。
     初めてだった、こんな経験。
     そして友人は友人で、自分の大学卒業祝いなのに、当日がたまたま私の誕生日でもあったので、
     それもみんなで一緒に祝ってくれた。

     お店はフォカッチャを専門とするトラットリア。とはいっても、みんながテイクアウトもしていくような
     気軽な場所。
     じつは私はピザやフォカッチャがちょっと苦手。
     ちょっとならいいんだけど、あの炭水化物の固まりを大量には食べられないのだ。
     でもね、そんな心配も無用だった。

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写真の色が悪くてすみません。でもいちばん補正したいのは、私の顔の大きさ!(爆)

     出てきたのは、お通し的にピザやファリナータというひよこ豆の粉で作ったパンケーキ状のものが切ったもの。
     アンティパストは、アッチューゲ(ヒシコイワシ)のサルサベルデがトマトの上にのったものと、ビアンケッティの
     フリット。それにふつうのフォカッチャ。

     「ビアンケッティって何?」
     「ビアンケッティは白い小さい魚。私は絶対食べないの! だってちいっちゃい目がいっぱい、こっちを見てるのよ〜!」
     え?もしや、もしや?!

     出てきたのは、シラスのフリッター。
     しらすだー!! おおっ、何年ぶり! こんなとこで出会うとは!
     もちろんフリッターでもおいしかったけど、釜揚げシラスにお醤油かけて白いご飯で食べたいな〜とも思ったよ(笑)

     そして次に出たのがフォカッチャ。ところがこのフォカッチャ、私が今まで食べたことがないものだった。
     普通フォカッチャというと、ピザ台のようなフカッとしたものなんだけど、これはうす〜いうす~い生地の上に、
     ストラッキーノ(モッツァレラをもっと生っぽく柔らかくしたようなチーズ)よりももっと酸味が強いチーズを
     のせて焼いたもの。
     薄い皮がパリパリって、ものすご〜くおいしかった!

     そのあとは友人にみんなからの大きなプレゼントが渡されて、おしゃべりにおしゃべりが花先き、
     みんなもう席にもつかず、外で思い思いに話し始めてる。
     食べたい人はデザートにティラミスを食べ(これが絶品!)、コーヒーが飲みたい人はそれを勝手に頼み・・・。

     そんなことをしていたら、一緒に話していた女性が、ふと花売りの人の方に寄っていった。
     たいていこういう夜遅くに開いている店のまわりには、手にバラの花を持って歩いて売っている人が来る。
     結構高いからみんな煙たがったりするんだけどね。
     そうしたら「はい!」って、私の目の前にバラの花束が差し出されたの。

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私はバラのイメージではないんだけど、でもやっぱりこういうのは嬉しいよね。
 
     「あなたの誕生日だって知っていたら、私、服を売ってるから、うちのお店の服をプレゼントに持ってきたのに」
      こう言った彼女、真っ白なミニのボディコンに、肩から胸の大きなあきにかけて大きな鱗状の銀のラメで覆われてる服着てた。
       私へのプレゼントがもしあったら、どういう服くれてたんだろう!!

     「これが私たちからの誕生日プレゼントよ」って。
     花なんてもらうの、いつぶりだろう。この日会ったばかりなのに、こんなことをしてくれるのが、本当に嬉しかった。
     こういう突然のことって、イタリア人はとっても上手。

     こんなふうに、私の社交生活が再会してすぐに、素敵な人もいっぱいいるんだとわかる機会を与えてくれた、
     友人とその友人たちにとっても感謝してる。
     そういう気になったら、交友関係を広げられるMacも手に入り、そして実際にいい人たちといい時間を過ごせた。
     一連のことは、みんなちゃんとつながっていて、タイミングよく起こるようになってるんだね。

     そうそう、この友人が卒業試験のときの写真をフェイスブックに載せたら、私と一緒に、(ここでは?)有名な
     バンドのおじさんも映ってたみたいなのね。
     いつもは家賃をとりにきても私のこと自然なふりして無視する大家の息子が、早速携帯にテキストメールを
     送ってきましたよ。
     「○○と友達なんだね!」って(笑)

     いや、あのおじさんがバンドやってるなんて知らなかったよ。
     でもとっても感じがいい、人のことも気にかけられる、でもぶっ飛んでるおじさんでした^^
     透明人間なのかと思ってたら、急に有名人の友達になったり、わにになったり。
     私もここで忙しいわ(笑)
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by sakanatowani | 2012-07-21 01:33 | ひびのこと diary | Comments(6)