カテゴリ:母国語、外国語( 3 )
   アッチューーー!
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     花粉症の季節真っ盛りである。
     朝、目が覚めると、そのとたんに鼻のむずむずが始まる。
     アルバイトをしている語学学校のスタッフとも、「今日は顔と目の腫れがひどい~」「くしゃみが止まらない~」
     「今日は少し楽~」と、そんな話ばかりである。

     先日、家に帰る途中、少し先にいた男性が、いきなり・・・
     アッチューーーーー!!!

     うわっ、本当にアッチューってくしゃみするんだ~!!!

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これが困り者の綿毛たち。プラスチックケースのふちについてる極細の繊維も見えますか?これらが雪のように舞ってるのです。

     イタリアのくしゃみの擬音語は、「アッチュー」だ。
     ハクションでもクシャンッでもない。

     国や文化が違うと擬音語も変わる。動物の鳴き声の擬音語の違いは有名ですよね。
     英語圏では犬はバウバウ。どうやらイタリアでもそうらしいです。

     でもね、日本では当たり前の、豚や馬、象には定番の擬音語はないみたい。
     これらの動物はなんて鳴くのかを聞くと、みんなそれぞれに本物に似せようと鳴きまねを始めるのです。
     犬でさえそうする人も多いんですよ。
     猫は、ミャーゴラーレ=猫が鳴くという「(その動物が)鳴く」という独特の動詞を持ってたりするんですけどね。

     日本語とはまったく別の考え方なんだなあ。

     それでも、日本と同じように、まさに「擬音語」という鳴き声の擬音を持つ動物もいます。
     それは、雄鶏。

     トリノに来て数年、クラスメートとおしゃべりができるような関係がやっとできた頃、数人のクラスメートと歩いていたら、
     どこからか、鶏が鳴く声が・・・。

     そうだ!鶏の鳴き声の擬音語を彼らに聞いてみよう!
     だって、英語圏では、クックドゥードゥルドゥーなんですもんね。イタリアではどうなんだろうって思って。
     そしたらね、キッキリキーなんだって!

     ほお~!キッキリキー、ですか・・・って思っていたら、「日本では?」って聞かれたの。
     だからね、「コケコッコーだよ」って答えたら、もうね、みんな大爆笑。
     「なんだよ、コケコッコーって!」「そんなふうに聞こえるわけないじゃない~!」って。

     ちょっと、ちょっと、失礼ね~。そんなに馬鹿にして笑うことないでしょ~?
     それを言ったら、あなたたちのキッキリキーだって、同じようなものだよ〜って、口に出す語学力がまだなかったので 心の中で
     こっそり思っていたら、「じゃあ、みんなでもう一回聞いてみようよ」ってことになったのです。

     ・・・・・にわとりの次なる声に、田舎道で耳をすますイタリア人の若者と日本人ひとり・・・・・

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     イタリア人1「ほ~ら、やっぱりキッキリキーだよ!」
     日本人1(私)「コケコッコーって聞こえるよ〜」
     イタリア人2「いやいや、あれは、キッキリキーにしか聞こえない!」
     イタリア人3「キッキリキー以外ありえない~!」
      ※イタリア人のセリフは、すべてみんな一緒に重ねてわーわーと発せられてるとご想像ください。イタリア人はみんないっせいに一緒に話します(汗)

     改めて考えてみると、擬音語って、生活していく中で周りの人の話や絵本を通して学習していくものなんでしょうね。

     そういえば昔、甥っ子1号が4歳ぐらいの時だったかな。朝から晩まで電車ごっこ漬けの毎日を送っていて、電車が走る音、
     ホームに止まる音、電車のドアが開く音などを、独特な彼自身に聞こえる音で口まねしてたんですよ〜。
     ガタンゴトンみたいな、一般的な擬音語は使ってなかったです。

     たぶん私たちも小さい頃は、耳で聞こえる音をそのまま声で言えてたんでしょうね。
     それを毎日いろいろなものに囲まれて生活していくうちに、たとえその擬音語が聞こえる音そのままではなくっても、
     だんだんとその擬音語を言葉として使って表現することを覚えていくんだ〜。

     ・・・とまあ、今まではそう思っていたんですよ。

     でもね、冒頭の「アッチューーーー!」、ですよ。
     ハクションの国の私が聞いても、あれはアッチューだった!

     イタリア人のくしゃみの大多数はやっぱりアッチューなの?!
     じゃあ、イタリア語のくしゃみの擬音語アッチューは、聞こえる音そのままってだけ?!
     それとも、身につけた擬音語に引きずられて、ああいうくしゃみになるのかなあ。
     でも、くしゃみは反射的なものだから、自然に出るものだしねえ。
     同じ反射動作でも、日本人の骨格だとハクションになって、イタリア人のだとアッチューになるのかなあ。

     おもしろいなあ、本当の音と擬音語の関係。ちょっと、卵が先か鶏が先かみたい・・・なのかな?
     
     
     
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by sakanatowani | 2014-05-21 06:31 | 母国語、外国語
   言葉のニュアンス
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     言葉って単純じゃない。
     ひとつひとつの言葉の組み立てってものじゃなくって、その文化や人の性格に、密接につながってるんだなあって、
     日頃から感じています。

     例えばね、イエスさまのお父さん、ヨセフさまは、大工さんだったって、通っていた幼稚園で聞いたと思うんです。
     でもね、こちらに来て数年して、ある日、ハッと気づいたの。005.gif
     ヨセフさまは木工職人だったんです。それを日本語では、木を扱う職人、したがって大工さんって訳したんですね。
     大工さんって、家を建てる人。
     でもイタリアでは、家は木で建てないんですよね~。
     だからもしかしたら、ヨセフさまの仕事、木工職人って、家具をつくる人ってことなんじゃない?!って。

     こんなふうに、ひとつの言葉を単純に訳しても、その文化によって訳も受ける印象も違うんですよね。
     だからニュアンスの違いにいたっては、本当に正確に伝えるって難しい~。

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     実は先日出版された私の絵本
     もちろん最初の案は日本語。私の頭の中でつくってるからね。
     そのときは、「(悪いけど)ちょっとつめてくれるかな?」って感じで書いたんです。
     だから売り込みのために英語に訳すときも、私の感覚で「ちょっとつめてくれる?」に近い感じで書きました。

     それを出版社の人が、自然な英語になおし、もちろんいい絵本になるようにプロの手も加えたのでしょう。
     そしてできたのが、『Move over, please!』。

     もちろんやっと出せた自分の第1冊目の絵本だし、プロの編集者の腕も信頼しています。
     でもね、題名の『Move over, please!』、私の頭の中では、「ちょっとつめて!015.gif」って訳しちゃう。
     何となく、「ちょっとつめてくれる?001.gif」とは違うんですよね。
     本の中の「Can you move over, please?」は、私の脳内訳でも「ちょっとつめてくれる?」って感じがするんですけどね。

     でもこれは、日本語が母国語の私の頭と気持ちが感じること。
     英語が母国語の人の感じるものとは、やっぱり違うと思うんですよ。

     英語圏の人は、私と同じ感じでこの題名を感じてるのかなあ。どんな感じなんだろう?
    それに この本は、他にドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ロシア語、ギリシャ語、トルコ語版があるわけです。
     それぞれの言葉が母国語の人は、どんな感じに思うんだろう。
     バイリンガルの蒼いお山のかおりさんは、どんな感じでこの2つの題名を読みますか?

     言葉のニュアンスって、本当に些細なことだけど、でもとっても大事なもの。
     とってもちっちゃなことだけど、伝えられると嬉しいもの。
     いつかこの本も、日本語版が出せたらいいなあって思うんです。

     明日から3日間、この本を持って、ボローニャの世界絵本フェアに行ってきます。
     今回はまだ、この本が、私がちゃんと仕事として絵を描ける人だと信用してもらうための見本になってくれるだけ。
     それをいつか、日本の出版社から日本語で出せたらなあ。
     それがこれからの夢のひとつ。

     まあその前に、この絵本フェアで集まれる、久しぶりに会える友達に会えるのがすごく楽しみ。
     その人たちは、絵本業界ですでにイラストレーターとしてちゃんと長く働いている人たち。
     私の夢を実現できるように、2冊目の本が出せるように、みんながどう動いてるか見てこなくちゃね。

     みなさんも、すてきな1週間を!056.gif
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by sakanatowani | 2014-03-23 22:11 | 母国語、外国語
   日本語ってこうなんだ〜!
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レンギョウの黄色、桜っぽい花のピンク。春、すっかり始まってます

     こちらに来てから、アルバイトで日本語を教えています。
     残念ながら、日本語を勉強したいっていう人はそんなにいないのですが、今教えてるLちゃんはもう2年目になるのかなあ。
     1年目は週に1回2時間。その後は週に2回2時間ずつ。
     こつこつ、こつこつ、やっと基礎編の終わりぐらいまで来たんですよ。

     日本語を教え始めて思うこと。
     日本語の勉強って、本当に辛抱が必要だなあって。

     私もイタリア語をまったくの0から始めたので、語学の勉強って一朝一夕じゃいかないってことは
     髪の毛をかきむしるほどわかっています。
     でもね、日本語を外国語として教えていて思うのは、日本語って文法じゃ説明できないルールが多いのかも、
     機械的に言葉を組み合わせていけばいいってもんじゃないのかもってこと。

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モクレンの花も、もうすっかりつぼみが膨らんでます

     先日、このLちゃんの授業の準備をしていて出会ったこの例文を見てください。「〜ので」の項目。

     お金がなくて、新しいくるまが買えません。
     お金がないので、新しいくるまを買いません。

     「〜て」「〜ので」って、理由や原因を示すときに使われる言葉ですよね。
     でも、上の例では「〜て」を「〜ので」にかえても意味は通じますが(「お金がないので、新しいくるまが買えません」)、
     下の例では、「〜ので」を「〜て」にはかえられません(「お金がなくて、新しいくるまを買いません」)。
     今ではしゃべり言葉としては言うかもしれないけど、ちゃんとした文としては使えないという意味です。

     じゃあ、それはどうして?025.gif

     外国語を学んでいる人には、「こういうルールがあるから、この場合はこの2つの言葉を入れ替えることができないんです」と
     説明しなくてはいけません。
     どう説明したらいいでしょう?
     ちょっと考えてみてください。039.gif

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葉桜、かな〜。もう咲き始めてますよ〜

     私、こちらでも手に入る、英語で説明文が書いてあるテキストを使ってるんですよ。
     はじめ、この例文の説明部分を確認程度にさら〜って読んで、「ん? なに言ってんだ? 私の英語力も落ちたな〜」なんて
     思ってました(笑)
     ところがね、再度じっくり説明文を読んでみて、びっくり仰天。

     「自分でコントロール不可能な状況では、『〜て』と『〜ので』は同様の意味として交換可能。
      しかし、自分でコントロールした状況の場合には、『〜ので』を使用し、『〜て』には交換できない」

     知ってました? こんなルールがあったなんて?!
     考えたこともなかった〜!!! 005.gif

     目から鱗とはこのこと。
     しばらくは、頭の中でいろんな例文をつくっては、「ほんとなの?」って確認してしまいましたよ。
      「嬉しくて、叫んでしまいました」「嬉しいので、叫んでしまいました」 
     自分でコントロールして叫んじゃったわけじゃないよね。なるほど、「〜て」「〜ので」交換可能だ〜。
      「怪しいので、調べてみました」
     自分の意志(コントロール下)で「調べてみた」わけだ・・・「怪しくて、調べてみました」・・・あ、交換できない〜!045.gif

     昔の生徒さんで、日本で働いたこともあって日本語を話せる人たちが言っていたんですよね。
     「日本語って、(文法じゃなくて)場合や状況によって言葉を変えなくちゃいけないから難しい~」って。
     こういうことだったんだね〜。

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     母国語って、毎日の生活の中から少しずつ覚えて身につけていくものだから、こういうルールがあるって意識しない。
     なんかね〜、日本語を教えてると、知らなかったこと(意識してなかったこと)がいっぱい出てきます。
     母国語を教えるって、当たり前のことを、まったく新しい視点でもう一度見ることですね〜。

     いやはや、こういうことがあるたびに、日本語を外国語として勉強するって、大変だなあと思うのです。
     あ〜、日本語が母国語でよかった(笑) 042.gif





     
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by sakanatowani | 2014-03-19 18:40 | 母国語、外国語