私たちのDNA
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     先日咲き始めた美大の中庭の桜、とうとう今週はじめには満開に。

     桜、だと思うんですよね、この樹。違うかなあ。たしか以前、「桜」というタグを見たような。
     嬉しくって、今年もひとりで写真をパチパチ。
     もちろんそんな人、私だけですよ。

     先日もある方のブログのコメントで出てたように、やっぱり日本人のDNAには、桜大好き成分が入ってるのかな。
     冬が終わる頃から、桜の季節を待って、桜が咲き始めたらワクワクして、満開になったら嬉しくて、
     散り始めたらそれもまた切なく美しくて。
     いろんな場所の桜を見て歩いたりする。
     それって日本人ならけっこう当たり前にしてること。

     この桜の樹の前を通った時、ドイツ人の友人に「桜が咲いてるよ〜」と言ったら、
     「日本人は、桜が好きなんだよね。なんで?」って聞かれた。
     なんで?なんて聞くことじゃない。
     心の底からわき上がってくる、この花を見るのを待ってるこの気持ち。言葉で説明する必要はないほど当たり前のこと。
     それを口にするなんて野暮じゃない?
     そんなことを思うのは、やっぱり私が日本人だからかな。


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     昔、妹が外国人数人の観光グループを、大阪の有名な桜のトンネルに連れて行った時のこと。
     もうそれは見事に咲いていて、見に来ている日本人もいっぱいいて、みんなが「わ〜」って言いながら、
     写真を撮っていたんだって。
     それを見た彼ら、妹に聞いたそうな。「なんで花にあんなに『わ〜、わ〜』言ってるの?」って。
     そう。彼らには、桜も多くの花のひとつでしかないんだね。
     だから、なんで私たちが桜にこんなに執着するんだろうと、不思議なんだろうなあ。

     私たちのDNAの中には、桜大好き成分が入ってる説。かなり有力なり。


     でも、こちらで見る桜には、日本で見るような美しさがないような気がするのは私だけなのかな。
     こちらの桜は、バババッと明るく咲いて、「咲いてます〜!!」って自己主張してるようで、儚さがないの。
     日本の桜の美しさは、いくら満開でも切ないような、寂しいような、そんなところが感じられる。
     写真で見ても、その空気の湿度があるような、しっとりした美しさがある気がする。

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     梶井基次郎の短編『桜の樹の下には』は、
     「桜の樹の下には屍体が埋まっている!
      これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。・・・」
      青空文庫 梶井基次郎『桜の樹の下には』より
     で始まるのだが、桜を見るといつもこれを思い出す。
     そう、こんなちょっと不気味なような、妖しげなような、そんなものが桜にはあるような気がするのだ。

     そんなことを、先のドイツ人の子に話したら、顔をしかめた。
     切ないとか、悲しいとか、そんなものが美しさとつながるっていうのが、彼女にはピンと来なかったのだろう。
     まして屍体、なんて。
     彼女には、そういう気持ちはネガティブなものなのかもしれない。

     今年は乾燥して暖かかった冬。そのぶん今になって、雨がずいぶん降っている。
     だから今年の中庭の桜の花は、どんよりした灰色の空の下。
     そのせいか、いつもの年よりは、ちょっと寂しげな感じに見える。
     いつもよりは、日本の桜の花の雰囲気に近いかな。
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by sakanatowani | 2013-03-28 06:43 | 季節のこと season's
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