2度目のコンクラーヴェ 2
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火曜日、美大の中庭の桜が咲き始めました。

     存命中の教皇の退位は約600年ぶり。
     しかも自らの意思での退位表明からというのは700年以上ぶりという今回の教皇の辞職と新たなコンクラーヴェ。
     たまたま住むことになったイタリアで、2度目のコンクラーヴェを見ることになった私。
     特に自分の宗教がない私から見たコンクラーヴェの様子。前回の続きです。
     長いので、ご興味のある方、お時間のある方は、おつきあいください。
     今回も、写真はイタリアのRaiテレビから撮っています。


     3月13日(水)

     さて、この日も夕方6時半から30分、コンクラーヴェ特別番組を見ていました。

     だれが新教皇に選ばれるのか。ヨーロッパの国の教皇か、それとも初のアフリカ系の教皇が誕生するのか。
     そんなことが話されていました。
     また、カステッロ・ガンドルフォ(ガンドルフォ城)では、前教皇であるヨーゼフ・ラッツィンガー名誉教皇が、
     この様子をテレビで見ていること。つまり、教皇(だった人)が、新たな教皇が選ばれているのを見ている初めての
     出来事だということ。また、その城がある町の人々が、前教皇のそばにいることを喜んでいる様子も報道されました。

     前日に続き、黒い煙も4回目。
     「前回は4回目の投票でベネディクト16世が選ばれたんですよね」などという話がされ、7時に番組は終わり。

     「今日も決まらなかったな~。さて、夕食のしたくでもするか」と私はキッチンへ。

     ところが夕食を手に自室に戻って来ると、何やらテレビが騒がしい。
     新教皇が決まって、特別番組に変わっていました。あら・・・。

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     7時過ぎ、つまり番組が終了したすぐあとに、白い煙が上がったよう。
     サン・ピエトロ広場を埋めている人も、その場で報道している人たちも大騒ぎ。

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     新教皇が決まった知らせの鐘が鳴ります。

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     ついさっき終わったはずの番組の出演者も「いや~、まさか今夜決まる様子はなかったですからね~」と驚きのコメント。
     そう、番組が終わってすぐの7時過ぎに、白い煙が上がったのですね。
     今回は5回目の投票で決まったこと、新教皇は、この窓から顔を出すことなどが話されました。

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     そんなことが話されているうちに、広場にはヴァティカンのバンドが入ってきました。
     「ああ、式典のようなものがあるんだな」と見ていると・・・

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     今度はスイス衛兵が入ってきました。
     兜をかぶり、槍を持ち、寒いのでしょう、マントをつけています。
     フリルの襟をつけてますね。
     衛兵の制服は、あの鮮やかな色のものだけでなく、マントや襟など、その場にあわせていろいろ変わるんですね。

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     その隊列は、新教皇が挨拶に顔を出す例の窓の下へ。

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     すると今度は、カラビニエリ(イタリア軍警察)のバンドが。
     「ヴァティカンはひとつの国のはずだけど、式典のときにはイタリア軍が出てくるんだ」
     ちょっとびっくりな気持ちも。だけど実際は、イタリア軍警察が教皇の警備をしているんですね。

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     カラビニエリのバンドに続き、カラビニエリの隊も、新教皇を迎えるために、窓の下へ。
     その後、ヴァティカン軍であるスイス衛兵とイタリア軍のカラビニエリが、お互いに挨拶を交わします。
     信仰の場だけど、2つの軍が出てくるんだなあ。こういうものなんだなあ。

     イタリア国歌の演奏のあと、ヴァティカン国歌の演奏がありました。

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     そうしているうちに、時間は8時近く。そろそろ新教皇が現れる頃。

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     教皇の窓に引かれたカーテンが揺れるたびに、みんなの期待が高まります。
     広場を埋め尽くした人々の間に光るのは、フラッシュの光でしょうか。

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     枢機卿の最年長の代表が、新教皇をみんなに伝えます。
     "Habemus Papas" ラテン語で、「新教皇が決まりました」と。

     新教皇は、もうみなさんもご存知のように、ホルヘ・ベルゴーリオ、ブエノスアイレス大司教に決まり、
     今後はフランチェスコ1世の名を名乗ることが告げられました。

     そのとたん、「な~んだ!」と叫ぶ広場にいた報道記者。
     「え~!そんな発言しちゃうんだ~」と思っていたら、スタジオのコメントが一段落した頃、この報道記者が再び登場。
     「すみません。個人的な感情を口に出してしまって。予想とはまったく違っていたものですから」と。
     そうですよね。たしかにそれまでは、アフリカ系の教皇が誕生するかなど、そんな話ばかりしていたのですから。
     でもそんなふうに、つい感情が口に出ちゃうのも、イタリアの放送らしいのかも(笑)

     また新教皇は、自分の教皇名を選び、『涙の間』と呼ばれる部屋にひとりでこもり、気持ちの準備をすること。
     どんな体形の教皇でも合うようにと、そこには大中小の3つのサイズの教皇の服が置いてあるということも説明。
     「新教皇はサイズ大の服を選んだそうですよ」
     「ああ、あの方は、体格のいい方ですから、そうでしょうね」
     「ベルゴーリオ大司教はコンクラーヴェ出席のためだけにローマに来たつもりだったようで、3月末のパスクワ(イースター)を
     地元の信者と過ごすために、23日の(ローマからの)帰国の飛行機を予約していたそうですよ」
     「帰国はもう少し先、というよりも、これからはずっとローマにいることになりますね~」
     出演者の間ではそんな会話も交わされて、新教皇選出のかしこまった儀式の説明というより、
     もっとリラックスした雰囲気です。

     枢機卿代表の発表は続きます。「新教皇は、教会、テレビ、インターネットなどを通じて・・・」
     インターネットか~。
     何百年も続く教皇の制度、そして式典を守るヴァティカンの発表に、インターネットの言葉が出てくるんだな。
     すごく現代的。
     今やヴァティカンはサイトも持っているし、この瞬間、前教皇のツイッター・アカウントは閉じられ、
     新教皇のツイッターでは「HABEMUS PAPAM FRANCISCUM」と最初のツイートが出されたのです。

     ちなみに、日本語で言うようにパパと言うと、イタリア語では「教皇」の意味になります。
     一方、お父さんの意味のパパの場合は、後ろの方のパにアクセントが来るんです。
     私がまだペルージアの外国人大学でイタリア語を習っていた時、初めての口頭試験でつい、日本語の言い方で
     自分の父親のことを「パパが」と言ってしまったことがあります。
     そのとき、先生は笑って、「(日本語の発音の方、つまり教皇の意の)パパだったら、偉大すぎるわね」と言ったのです。
     教皇という存在を見る目がわかる発言ですよね。
     
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     さあ、266代目の教皇、フランチェスコ1世が現れました。

     まず記者がコメントしたのが、新教皇が下げている十字架について。
     「シンプルな十字架ですね。金製でもありません」
     それに続いて、「イエズス会からの初めての教皇です」
     「ブエノスアイレスでも、車ではなく公共交通機関を使って移動しているそうですし、シンプルな十字架といい、
     清貧を基本精神のひとつにあげている聖フランチェスコから名を取って、フランチェスコ1世を名乗る所以なのでしょう。
     最初にコメントするのがそこなんだ。
     私だったら、表情とかを最初に口にしそう。このコメントがクリスチャンの視線なんだろうなあ。

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     「兄弟、姉妹。こんばんわ。ほとんど地の果てから来ました」
     そんな、ありきたりな親しみやすい挨拶から始まった新教皇の挨拶は、始終、だれにも(私にも)わかる、
     易しいイタリア語で話されました。

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3人の背中がかわいいなあと思いつつ、今このときに、新教皇はどんな気持ちなのだろうと思って見ていました。

     放送では、ブエノスアイレス時代の活動や、信仰生活に入る前の経歴などを説明しつつ、新教皇は、ブエノスアイレスの
     イタリア人コミュニティー出身であり、両親は(トリノのあるイタリア北西部)ピエモンテ州の出身だとの解説。
     出身地に誇りとこだわりのある、イタリアらしいコメントだなあと思いました。

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     新教皇の挨拶は、「ラッツィンガー名誉教皇のために祈りましょう」「私はあなたたちのために祈ります。あなたたちは、
     私のために祈ってください」と続き、「では、また。おやすみなさい。よく休んでください」の言葉で結ばれました。

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無料で配られる新聞でも、翌日のトップは新教皇のこと

     その晩、某ソーシャルネットワークでは、何人ものイタリア人が新教皇について自分の印象や彼の過去の経歴を
     すでにコメントしていました。
     他にも世界中の人がいるのにイタリア人が何人も、ひとりだけスペインのイラストレーターが以前描いた教皇の絵を。

     やはりイタリア人にとっては、新教皇の誕生、そしてその人柄などについては、興味があることなんだなあと、
     つくづく思いました。

     そして翌日も、「チャオ。元気?」と話したあとは、自然に「で、新しい教皇のこと、どう思う?」と続くのです。

     教会離れが言われ、ほとんどの人はクリスマスとイースターの年2回しか教会のミサに行かないと言われて久しいイタリア。
     それでも年代に関わらず、やはり教皇の存在は、大きなものなのでしょう。
     ある人には信仰の支えとして、ある人には存在しているということに対して。

     特定の宗教がない私にも今回のことで、「ああ、宗教のある人はこう考えるのか」「こういうところにも影響するのか」と、
     イタリアの新たな姿を見る機会になりました。

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     17日の日曜日は、聖ジュゼッペ。キリストのお父さんの日であり、イタリアでは父の日です。
     この日から、フランチェスコ1世の公式な職務が始まりました。

     イタリア人と暮らしていると、日頃のちょっとした言動が、「あ、これはキリスト教の影響なのかな」ということが
     けっこうあるものです。
     宗教そのものという意味だけでなく、文化として、キリスト教なしではこの国の文化を理解することはできないのだなあ
     とも思います。
     その中で今回のことは、やはりとても大きな出来事でした。
     次の日曜日はシュロの日、その翌週の日曜はキリスト教にとっての大きな行事のひとつパスクワ(イースター)です。
     これからも、毎日曜日のミサだけでなく、いろいろなところで教皇の言動や教会の姿勢などが報道され続けます。

     長い長い記事に最後までおつきあい、ありがとうございました。

     
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by sakanatowani | 2013-03-22 02:34 | ひびのこと diary
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